starressのブログ

日々の、出来事を何となく綴りたいと思います。

新宿 於岩稲荷 /長照山陽運寺 狛犬巡り(47)

やかんづる

映画 "八犬伝"の中で

四代目、鶴屋南北の歌舞伎代表作

日本一怖い怪談とも言われる

「東海道四谷怪談」の初演を再現。

当時は、民谷伊右衛門役を七代目 

市川團十郎、

お岩役を三代目 尾上菊五郎が演じていた。


この物語を、歌舞伎役者の中村獅童と

尾上右近が200年の時を越えて演じる。


三代目 尾上菊五郎(演:尾上右近)

鶴屋南北の舞台「東海道四谷怪談」で

お岩を演じる。


○七代目 市川團十郎(演:中村獅童)

鶴屋南北の舞台「東海道四谷怪談」で

伊右衛門を演じる。

と言う事で四谷怪談で有名な

"於岩稲荷 /長照山陽運寺"

にやって参りました。

(長照山陽運寺HPより)

歌舞伎興行の際には安全と成功を願って

役者等関係者が必ず参拝に訪れます。

また、悪縁を除き、良縁を招く

縁結びには多大なご利益があり、

全国各地より多くの参拝者が訪れます。


江戸後期。歌舞伎作者、鶴屋南北は

「於岩稲荷」のことを聞いていた。

お岩が善人では面白くない。

江戸でいろいろな事件を組み込み

「東海道四谷怪談」を創作した。

実在の人物から二百年後の作品である。




ここのお稲荷さん、

前掛けもきれいで新しいのを

着けて貰い清々しいですね。


こちらは口を閉じた感じてす。







稲荷神社

木洩れ日の中、とても美しく

映ります。


左手に行くと拝殿があります。

そして狛犬がいました。

右側、阿形かと思ったら

しっかり口を閉じてました。

吽形になりますね····

彫りが深くて凄く特徴的な狛犬です。



左手、あ、口を開いてますね。

こちらが阿形になります。

どちらが、阿形でも吽形でも

特に決まりはないそうなのですが、

逆だと一瞬違和感を覚えてしまいます。



尾は後ろで2つに別れています。


四谷怪談のイメージがあり

おどろおどろしい感覚が少しあったの

ですが、そんなイメージを持っていた

自分が恥ずかしく感じてしまう程

清々しく爽やかでお洒落な空間です。


本堂にはお岩様の木像が安置されて

いるそうです。

(ネット画像)







休みでしたがカフェも境内で

営業しているとの事でした。


お岩稲荷堂再建記念碑。




水かけ福寿菩薩像。

お題目(南無法蓮華経)を唱えながら、

お水をおかけ下さい。

あなたの厄が除かれ、

あなたに福寿(幸福)が訪ずれます。

とあります。

お岩さまゆかりの井戸。


昭和32年に新宿区より文化財に

指定されたそうです。




を出て右側に

数10メートル歩くと左手に

"通称お岩さま"の名前の杭が

ありました。


都旧跡 田宮稲荷神社跡


所在 新宿区左門町十七番地

指定 昭和六年十二月二日

文化文政期に江戸時代は燗熟期に達し、

いわゆる化政時代を出現させた。

歌舞伎は民衆娯楽の中心になった。


「東海道四谷怪談」の作者として

有名な四代目鶴屋南北

(金井三笑の門人で幼名源蔵、

のち伊之助、文政十二年(1829年)

十一月二十七日歿)も化政時代の

著名人である。

「東海道四谷怪談」

主人公田宮伊左衛門

(南北の芝居では民谷伊右衛門)


妻お岩を祭ったお岩稲荷神社の旧地である

物語は文政十年(1827年)

十月名主茂八郎が町の伝説を収録して、

町奉行に提出した「文政町方書上」

にある伝説を脚色したものである。

明治五年ごろお岩神社を田宮稲荷と改称し、

火災で一時移転したが、

昭和二十七年再びここに移転したものである。

昭和四十三年三月一日 


於岩稲荷田宮神社について

この神社の「於岩」は「お岩」という

江戸時代初期、四谷左門町の女性で

夫の田宮伊右衛門と家勢を再興し、

お岩は日頃から田宮家の庭にある屋敷社を

信仰していたことから、人々は、屋敷社を

「お岩さんの稲荷」と呼んで

信仰するようになった。

東京都文化財 都指定旧跡

ここは雑草も刈られずに

鬱蒼とした雰囲気でした。

手水舎も水もなく余り管理されて

ない感じです。









地下鉄丸ノ内線四谷三丁目より

徒歩5分で到着です。

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