starressのブログ

日々の、出来事を何となく綴りたいと思います。

France Ⅳ シテ島

やかんづる

11月のパリ3日目の朝

ホテルからシテ島に向かう橋を

渡っています。

シャンジャ橋の上を渡っています。

奥に見えるのはヌフ橋なそうです。


朝7時過ぎですがパリはまだ

朝日が昇りません。

シテ島の地図になります。


薄暗く見える建物は

旧パリの牢獄

コンシェルジュリーです。


○コンシェルジェリー解説


フランス革命の後恐怖政治の時代は

国民公会により革命裁判所が隣設され、

1793年からフランス革命暦3年草月12日

(1795年5月31日)までの約2年間に、

2780名に対して死刑判決が下されたという。

多くの王族、貴族などの旧体制派が

収容され、当時はその牢獄に入ると

かならず死刑になるというので

「死の牢獄」「ギロチン控えの間」

とよばれた。マリー・アントワネット

が投獄されたのは1793年である。

牢獄は19世紀の第一帝政期になっても

使用されていたが、1934年にその機能が

廃止されるに至る。現在はパリの

パレ・ド・ジュスティス(司法宮)

の一部で、観光名所となっている

また、マリー・アントワネットが

処刑される前に2か月半過ごした

独房も現在再現され、説明のための

掲示板もある。

道路を挟んだコンシェルジュリー

の眺め。

裏手側のコンシェルジェリー

牢獄には見えません。

裏手の建物は

パレ・ドゥ・ジャスティス裁判所

なそうです。


パレ・ドゥ・ジャスティス裁判所

向かいのカフェ。

朝から警官隊が物々しく行動してます。

デモ等に備えている様です。

シテ島を歩いてしばらくすると

この建物が見えて来ます。

改修工事中のノートルダム大聖堂です。


○解説


2019年4月15日夜(現地時間)

に大規模火災が発生し尖塔などを

焼失した。

翌日16日午前に消火活動により鎮火した

同日にバチカンのフランシスコ教皇も

「ローマ・カトリック教徒およびパリ

市民のために祈っている」と

声明発表している。

(画像拝借)

○2024年11月29日、

5年前の火災からの

再建工事を経て、12月の

一般公開を前に、

修復された内部が初めて

公開された。

同年12月7日に再開記念式典が

マクロン仏大統領も出席して行われ、

翌12月8日には修復後初のミサが

執り行われ、一般公開も再開された。

との事です。


この時は11月初めで、

まだ修復中でした。




ノートルダム大聖堂直ぐ横に

パン屋さんがありまして

立ち寄らせて頂きました。


朝イチと言う事もあり

種類豊富なラインナップです。

目の前のクロワッサンと

チョコのパン等を買いました…

カリーサンド

マカロンもあります。


サンドイッチは厚みがあり

全てボリュームがあります。

クロワッサンを

ノートルダム大聖堂をの横を

戻りながらたべましたよ。

 パリパリでとても美味しかったです。






ほんとボリューム満点てす。

戻りはノートルダム橋を通って来ました。

シャンジャ橋とコンシェルジュリー

が見えます。

行くときはあのシャンジャ橋を

通って行きましたね。

朝食後、モンマルトルの丘に向かい

タクシーで行きます。

着きました

良い眺めです。

○サクレ・クール寺院

フランスおよびフランス語圏に多く

存在する教会堂。 「聖なる心臓」

を意味し、イエス・キリストの聖心に

捧げられたことを意味する。 


フランス モンマルトルの

サクレ・クール寺院 - 

パリのモンマルトルの丘にある

バジリカ聖堂。 


寺院の裏手側公園からの眺めは

最高でしたよ、。、

モンマルトルの丘から次へ

向かいます。

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