starressのブログ

日々の、出来事を何となく綴りたいと思います。

静岡県 沼津港

やかんづる

静岡県 沼津にやって来ました。

沼津駅に着くなり

キャンペーンやってました。


沼津と言えばアニメの

ラブライブ!の聖地ですね。

アニメは殆んど見た事ありませんが

それらしい目当ての人達はいました。


駅前広場です。


そしてちょっと、

レトロな町並み。

人通りは.....

朝なので寂しいかも。

今やアニメは地域と

密接な関係ですね

このラブライブ!はその 

先駆けだったと思います

そして所々、芸術作品が展示

されています。

お稲荷さんも、アートになってます。

沼津は、東海道線53次の宿場町でも

あります。

沼津は天狗の大きな面を背負った

行者が歩いている絵でしたね。

これは気に入ってましたよ。

沼津港まで、約2キロちょっと 

なので、バスに乗らずに

歩いていきました。

沼津港到着です。

ご当地キャラクター

ひものんですね。

初めて知りました!


沼津港 深海水族館です。

見えませんが後ろは大行列でして

物凄い人が並んでいます。

取り敢えず水族館は後回しに

します。


早速中を歩いて見ましょう。


おお、まさに"ひものん"です。

ひものの、盛り合わせですよ。

えび伝

美味しそう

中も外も人で一杯です。


アジフライ?

金目鯛の姿揚げ?

こりゃ凄い。

うなぎパイも売ってました。

外に出ましょう。

ここ、沼津港はこんな出店が100

店舗近くあるのかな?

活気溢れてます。

玉子焼き屋さんもありました。

築地を思い出します。



おお、巨大招き猫もいました。

お腹空いたので

数多い店の中、ここにしました。

人気店は行列だったので

やめました。 

でもここも、混んでます、 

どこの店も大繁盛です。

沼津港凄い!

築地も豊洲もですが

港町界隈は活気が半端ないですね。

どんぶり専門店とあります。

混んでたのが、タイミング良く

空いてたので入りました。


当然目的は海鮮丼

でも金目鯛の、煮付けなんてのも、

あります。

アジフライ定食も捨てがたいです。

アジフライ単品もありました、

これにしましょう。

身が厚くて美味しそうです。

ソースかけて食べます。

しょうゆに、すれば良かったかな?

後悔先に立たず、です。

早速一口ぱくりと噛りました。

身は厚いのですが...

あれ、なんかベチョっと来ました。

カラリと上がったアジフライを

想像してたので、少し残念です。

でも海鮮丼は美味しそうです。

頂きます。

あ、でも写真と違い海老とイクラが

載ってないんですね。

赤が無いから華やかさがなかった

んですね(笑)

これを書いてる今頃気付きました。



でも、他のネタも美味しかったので

気にしないで食べてました。

ご飯と一緒に寿司気分で

頂いてます。

アジフライは東急ストアで買って

食べた方も身が厚くて、

それでまた美味しかったので

更なる感動を期待してたのに、

気持ちが少ししぼんでしまいました。


でも、こちらは美味しいです。

他の店のアジフライまで

食べる胃袋は持ってないので、

諦めますが他店でたべたら

美味しかったのかな?と

思いながら、食べてます。

ネタの名前は分かりませんが

美味しいです。



完食です。

ごちそうさまでした。

再び歩きます。


金目鯛とくぞうは一際目立ってます。

そこらじゅうサイン色紙だらけ

です。





あわび串なんてのもあるのですね。

なんとまあ、豪華な串焼きです。


たべ歩きには勿体無いと思うのは

貧乏性だからでしょうか(笑)

店の横には

徳造丸の大漁旗がなびいてます。

そして金目鯛!

広い遊び場の敷地ですね、

規模が違う!

次は

沼津港大型展望水門 びゅうお、に

向かいます。

あちこち変な道を歩いて(笑)

なんとなくたどり着きました。

展望水門 ここが見て見たかった

のもありますね。

では行きましょう。

あそこが展望台になるのですね。

では入場料払いエレベーターで

上に参ります。


漁港の市場ですね。

左右を繋ぐ通路です。

トリックアートがあります

これは角度が悪かったですね。

飛び出てみえます。


なかなかです。

駿河湾が見えます。

日本で最大の深さを誇ると

言われています。



沼津港大型展望水門 びゅうおは

日本最大級の巨大な

津波防波水門兼展望施設で、

•東海地震などの津波から港や

周辺地域(50ヘクタール、約9,000人)を

守るために建設され、2004年(平成16年)

9月に完成したそうです。





 

モヤが少しかかってますが

富士山が見えてます(笑)



大型展望水門 びゅうおは

地震計と連動しており、

震度5強以上(または250ガル以上)

揺れを感知すると、

約5分で扉が自動的に

完全閉鎖するそうですよ。

沼津港は安心ですね。

漁港にはたくさんの、船が停泊

しています。

ほんと凄い数ですよ!

そこらじゅうにあったので

これは、ここのご当地キャラ?

手配手ですね(笑)

ヒモノラと言うそうです。

元はアジなのですね。

さよならヒモノラ


では沼津港後にします。


栃木県 青竹手打ちラーメン 桂林 (オモウマい店)

やかんづる

栃木県

オモウマい店で

掲載された"桂林"に来ました。

これはまさかのサプライズでした。

いやはや、嬉しい限りです!

中に入ると店主らしき人が青竹で

麺を打ってました。

栃木三大ラーメンに選ばれたそうですよ。


• 青竹手打ちラーメン 桂林

  • 特徴:創業37年以上の老舗。

青竹手打ちの平打ち麺と、

名物の

「とろみラーメン(酸辣湯麺)」が

人気。麺類を頼むと無料の

「ミニおかゆ」が付き、

ギガ盛りメニューでもテレビ等で 

話題となったお店です。

と、紹介されてます。


青竹打つ手に力が入ってます。

店内のメニューに目が輝きますが…

  

ジャンボカレー食いたい!

ギガ盛り七福神とな!

この頂とは、一体…

6000円

これは自分には....

全く無謀ですな(笑)

どんどんどん

7000円

これは見たことありますよ(笑)

色んな方からのサインが

貼られています。

たまたまなんでしょう

店内人がいません。

貸し切りに近いです。

時間も中途半端でした。

GODラーメン


ギガチャーハン

さすがに、これは無理!(画像拝借)

みそギガ盛り1600円

あ!これなら行きたい!


しかしながら…


ご馳走してくれて、

セットメニューにしてと言う

お達しなので、夢は脆くも崩れ去り


醤油ラーメン限定の餃子セット

にしましたよ。




半ライスか、お粥を

選べますが

お粥を薦められたので

お粥にしました!

以外にラーメンに、合うし

美味しかったですよ。

味付けは薄目の中華風で

いいお味でした。

ラーメンに、お粥....はアリですね。


醤油ラーメンですが、

青竹手打ちラーメン

佐野ラーメンとベースは

同じ感じでしたが、

足利は佐野ラーメンとは

呼ばないですよね…


洗練されたスッキリスープで

美味しかったです。

不揃いのモチモチ麺も

スープに絡んで美味しかったです。

向かいはこれで半チャーハンです。

あ、既に半分無くなってますね、

まさにこれは半チャ....

チャーシュー、なると、ゆで卵、

ワカメ、ネギ

ほんとに美味しいスープでした。

餃子も、美味しいです!

オモウマい店

ギガ盛りは叶いませんでしたが、

美味しい醤油ラーメンでした。

ごちそうでした。

栃木県 足利学校 狛犬巡り(90)

やかんづる

栃木県

足利市駅に到着。

先に織姫神社とフラワーパーク

掲載したので、これは

最初の話です。


足利学校目指して駅から

真っ直ぐ進みます。

駅前に風車みたいなのが、あります。

あ、目の前に橋がありました。

これが渡良瀬橋なのかと

思っていたら…

東武伊勢崎線・足利市駅の

すぐ近くにある

緑色の橋は、

渡良瀬川に架かる


「中橋(なかばし)」


なそうです。

足利市駅の西側には、

森高千里さんの楽曲で有名な

「渡良瀬橋」?


中橋、立派な橋です。

鮮やかなみどり色の橋で


"ブレースドリブ・タイドアーチ"

形式の3連アーチ橋で

堤防嵩上げの為に令和3年度から

架け替え工事を進めて

今は歩行者・自転車専用橋

で活用されているそうです。

ブレースドリブ・タイドアーチ形式の

3連アーチ橋とは何だろう?

と調べてみました。


弓状のメイン骨組み(アーチリブ)が

トラス構造(三角形を基本にした骨組み)

で補強され、両端の水平に広がる力

(水平反力)をタイ部材

(下弦材や路面付近の桁)で

引っ張り合って支える形式

(タイドアーチ)のアーチが、

連続して3つ並んだ橋のこと

だそうです。

イヤーとても綺麗、規則正しく

並んだ鉄骨が実に美しいです。


渡良瀬川沿いの

1本の巨木がとても良い眺めです。

その向こうの橋が渡良瀬橋の

様ですね...


森高千里の、歌が聞こえそうな

"渡良瀬橋"です。

やはり奥に見える橋が

渡良瀬橋です。

こんなにお互い好きでも、

それぞれ進む道が

あり、前を見るしかなかった...

こんな歌詞だったんですね…

切ない歌でした。

この静かな川の流れを見てると

純粋な、2人の想いが

分かるような気がします。

これがその

渡良瀬橋(ネット画像)


歌詞にあった八雲神社は

織姫神社から西側で渡良瀬川沿い

に、位置してましたね。

八雲神社には

森高千里の記念樹が植えられて

いるそうです。


その八雲神社は

白い鳥居の神社です。(ネット画像)


"願い事ひとつかなうなら


あの日に帰りたい…"


と歌詞に描かれてましたね。

などと想いながら、中橋を渡り

石畳の通りに出ました。

うさぎ屋と言う店の前の

うさぎの石像に

心ひかれましたが…


日本最古の学校

足利学校に行きます。

足利学校正面入口に、なります。

右手は孔子像です。

ては道の中心を、通っていきましょう。

最初の門

入徳門です。

道徳心を習得....

学校に入学と言う事ですね。


史跡 足利学校跡と彫られています。

入場料払い(笑)

入学証頂きました。


裏に判子つきます。

ポン!

学校ですね。


歩きはじめたら…

まさか足利学校で

狛犬たちに会えるとは

思っていませんでした。

入徳門から学校門へ向かう通路の左手に

中国から寄贈された「孔子像」が

建てられており、その両脇を

狛犬(獅子)が守るように

配置されています。


狛犬(獅子): 神社ではないものの、

孔子像の両側を狛犬が護るように

鎮座しています。

首に大きな鈴を付けて

巨大な顔は中国の獅子像の

特徴ですね。

右前足を毬の上に

乗せています。



左手の(狛犬)獅子像

同じように大きな鈴と

右前足を毬の上に乗せています。




• 孔子像や両脇を護る中華風の

狛犬獅子像が

いつ誰から寄贈されたのか

年月日は公表・記録されていません。


•一方で、楷の木(孔子の木)の

寄贈・植樹年月日: 大正11年(1922年)

3月7日

 • 書籍の寄贈(渋沢栄一関連など):

 昭和2年(1927年)などに寄贈記録あり


なので1922年~1927年の間では

ないかと推測されますが....

どうでしょうね。

次に学校門に入ります。

足利学校のシンボルとして

江戸時代(1668年)

に創建されました。


また門があります。

杏壇門です。

孔子が弟子たちを、教えて所に

杏の木が植えられた事に由来

してます。


中に入ると孔子廟がありました。

中国、明時代の聖廟を模した

物と伝えられています。


字降松と書いて、(かなふりまつ)

と詠むそうです。

孔子廟になります。


屋根には鯱が設置されてます。


足利学校の創健者と言われています。


こちらは孔子像です。

収蔵庫

典籍などを格納してました。


裏門になります。

ここは修復中です。

中には入れませんでした。

方丈です、

学校行事や、接客に使用してた

そうです。


ここは庫裡(くり)と呼ばれ

学校の台所だったそうです。

大きな釜があります。

茅葺き屋根は天井が高くて

何とも不思議な空間...

子供時代は茅葺きの天井が真っ暗

で怖く感じたものです…

かまどですね。

循環ポンプもありました。

勝手口になりましょうか....


杏壇の扁額なそうです。

学校の扁額

上杉憲実像なそうです。


庫裡のジオラマ像てす。

832年 足利学校創立とあります。

奥の書院

ここで学生の授業行っていました。

当時の学生たちがここで勉学を

学んでいたのですね…

うっすら見える気がします(笑)

外の景色を望めます。


最盛期の、足利学校

フランシスコ・ザビエルの、

書簡にて…

日本で最も有名な学校と記されて

いますね、凄い。



当時の世界地図です、

右下JAPANと描かれています。

北海道がでかい(笑)

本島が細かいですね。

昔はこんな感じの光景を

当たり前に感じてましたね。



縁側は落ち着きますね。

あと、猫が居れば最高です。

では外に出ましょう。



離れの建物は

衆寮

学生寮だったそうです。


一生懸命勉学に

励んでいたのでしょう。

向こうこの建物が

衆寮ですね。

一番奥の土蔵

書物以外の大事な物を

納めていたそうです。


こちらは木小屋


薪用の、木がたくさん

置かれていたのでしょう。

これで、足利学校は見学終了です。

石畳に戻り

足利尊氏の像が、

置かれています。

足利尊氏公銅像

 1991年

(NHK大河ドラマ『太平記』の放送年)

源氏ゆかりの地である

栃木県足利市の鑁阿寺(ばんなじ)

参道沿い広場に建てられました。

その像の、先には....


史跡足利氏宅跡とあります。


平安時代末期から鎌倉時代初期に

源姓足利氏二代目足利義兼によって

建てられた居館とされています。


この居館の外縁の長さは北約223m、南約211m、東約175m、西約206mの不整台形をしており、土塁(どるい)と堀により四周が囲まれています。


中世の地方豪族の邸宅の様子を知ることが出来ます。


またその規模から、いかに足利源氏の力が大きかったかがわかります。


鑁阿寺(ばんなじ)は、建久(けんきゅう)7年(1196)義兼が理真上人(りしんしょうにん)を開山として、堀の中に持仏堂を建てたのが始まりと言われています。


義兼は晩年出家し仏門に入り、鑁阿と称しました。その法名をもってお寺の名前としています。

堀には優雅に鯉が泳いでいます

ここは、土塁(どるい)と堀により

四周が囲まれています。

ほんとぐるりと囲まれています。

鑁阿寺(ばんなじ)は、

建久7年(1196)義兼が理真上人

(りしんしょうにん)を開山として、

堀の中に持仏堂を建てたのが

始まりと言われています。


中はかなり広そうです

中世の地方豪族の邸宅だったのですね

いかに足利源氏の力が大きかったか

感じますね…

こちらは手水舎です。


賽銭箱の奥には何故か

猫のぬいぐるみが置かれてました。

鑁阿寺の大いちょうです。


いやーほんと立派です。



これから黄色く色づくのでしょうね。